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2013年4月。盛岡市にて、映画の中心人物であるシンガーソングライターの松本哲也氏と下山和也監督が行ったスペシャル対談。
たまにお酒を酌み交わす仲とあって、対談の雰囲気はいたって和やかな様子でした。
震災から2年が経ち、あらためて震災のこと、映画制作のことを振り返る二人。
松本さんの最近の話から始まった対談で見えてきた、二人のモノづくりに対する以外な共通点とは。
そして、この映画を通して下山監督が伝えたいメッセージとは。




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ギリギリにならないと良いモノができない。―松本
うん。すごくよくわかる。迷いがないからなんだよね ―下山

下山 :最近どうですか。

松本:最近は、音楽活動がやっと、本職で。ようやく忙しいです。

下山:飛び回ってますね。

松本:飛び回ってますね。
でも一旦落ち着いて…次に出す曲を作っています。
ま、出来てないですけどね(笑)。

下山:部品というか、フワッとした構想は?

松本:いっぱいあるので、それをどうしようかな、と。

下山:それらをくっつけてドーンっていう話ではないの?

松本:やっぱり、すごくいい新しいものを出したいんで、
新しいものを出すためにはギリギリまで作業したいですね。
いきなり「はい終わり」ってわけにはいかないですし。

下山:なるほど。

松本:後は、まぁ切羽詰まらないとやらないというか、崖っぷちに立たないとやらないタイプなので。
ギリギリにならないと、アドレナリンが出てくれないんですよね(笑)。

下山:うん、すごくよくわかる(笑)。
脇から固めていくというか、どうしようもない状況を作るというか、
外堀からどんどん埋める。最後本丸、もうやばいってなると、ガーってくるよね。

松本:そん時の方が良いモノが出来たりしますよね。

下山:うん。迷いがないからなんだよね。

松本:まだ時間あると思ってゆっくり作業してると良いモノはできない。
っていうのが、結構下山さんそういう感じだったんですね(笑)。
この映画は(笑)

下山:そう、この映画自体そうなんだよね(笑)。
当初は、2012年の秋くらいに完成って言ってたんだよ。

松本:僕もそういう予定で聞いてましたよ(笑)。

下山:撮っている中で、哲也がメジャー決まってCD出すぞって話になったので・・・。
ま、言い訳がましくそれを理由にするけど(笑)。
だったら、ちゃんと松本哲也を追ってきたものの結果っていうのを出したいな、と。
さらに他のみんなの結果も色々出始めてきてた。
メインである哲也のメジャーデビューであったり、王士がサンクスカーに乗って出発するとこ
だったり。ちゃんとその辺も撮れたので、動き出す次のステップにきちんとこの2年で
なれたんだってことが、カタチとして見えるものになった。
当初から、言い方悪いけど、出演者がバカばっかりなんだよね(笑)
語弊があるけど。いい意味で「前向きすぎる男達」っていうか「気持ちのイイ奴ら」っていうか。
もちろん俺もそのバカの一人だけど(笑)。
それを撮ってて思ったんだけど、これは映画の冒頭でもしゃべってるし、
ホームページの挨拶にも載せてるけど、
2011年4月11日に偶然引き寄せられるように、山田高校に行って、
「復興食堂」の準備のとこから撮り始めて。
それまでって震災の画を撮ってる中で、「絶望」とか「終わり」とか
そういう方向のイメージの物を撮ってるんだって自分の中で思ってたんだけど、
あの時から「これって終わりじゃなくて、始まりなんじゃないかって」。
そのきっかけをくれたのが、4.11の復興食堂だったんだよね。


映画をほんとに撮り続けるとは、まだあの時点では思っていなかった ―松本
「戦争」とか「放射能」とか、人災と言われるものが本当にばからしいと余計に思った ―下山


松本:いや、でも4月11日に下山さんが来て、映画を作るって急にそこで決めたんですよね。
ほんとに撮り続けるとは、まだあの時点では思っていなかったですね。

   下山:うん。そう思っていないようなコメントだったね(笑)。
でも、次(の復興食堂)も行ったし、その次も。ずっと行ったよね。

松本:そうですね。だから、ほんとに貴重ですよね。
みんなの心の変化とかも全部入ってるし。

下山:うん。やっぱり育つんだよね、人として。
哲也もそうだけど、あの時も人のために、故郷のためにっていうか、
沿岸の仲間のために動きだして、とりあえずやれることをやろうっていう形が
あれだったわけじゃない? 求められていて、かつやれること。

松本:そうですね。だから良かったですよ。
僕はあの時、ミュージシャンとして暇だったんでしょうね(笑)。
僕自身も仕事がなくなったんですよね。あの震災で。
まさかあぁなるとは思わなかったですよね。

下山:みんなそうだよね。
もう仕事なくなるんだって。

松本:しかし、日本って強いですよね。
戦後の事を考えると、阪神・淡路大震災の時もそうですけど、規模が規模ですからね。
世界的にもこんなのはじめてですよね。

下山:戦争除きで考えるとそうだね。
だからこうやって、震災とか、天災で人が亡くなるっていうのを間のあたりにした時に、
「戦争」とか「放射能」とか、人災と言われるものが本当にばからしいというか、
なんでそんなことするのかっていう事を余計に思うようになったね。

松本:そうですね。


どんな状況であっても、あん時の涙だったり笑顔だったりとか、
いろんな感情がよみがえってくると思うんです。―松本
この映画を見て何かを感じて欲しい。
何か悩んでることがあったりしたとしても、見れば吹っ飛ぶから。―下山


下山:被災地を回る中で、シンガーである松本哲也に対する期待っていうのがあったでしょ?
応援してもらうんじゃなくて、「俺が応援するんだ」って。
4月11日の時点で山田の宮司さんが言ってたもんね。
そういう皆の思いを背負ってのメジャー再デビューっていうさ、
そのあたりのストーリーっていうのはあまり伝わってないからね。そういう部分も伝えたい。
何しろこれからだよね。
これからの哲也だったり、これからの沿岸だったり。
これからのみんなのことをしっかりと見続けてほしいよね。

松本:この映画に出てくる人たちもそうですが、
一生この映画を見ることで忘れないと思うんですよ、この気持ちを。
どんな状況であっても、この映画を見た時に、あん時の涙だったり笑顔だったりとか、
いろんな感情がよみがえってくると思うんです。
あんな中でも、必死でみんな生きてたっていう…。
たくさんの人にとっても、同じような存在の映画になってくると思いますね。

下山:震災で何があったかなんて、もうある程度みんなわかってる。
そうじゃなくて、今回伝えるべきは、沿岸の若い力、若いやつらの生き様。
この映画を見て、何を感じてもらっても構わないけど、何かを感じて欲しい。
何か悩んでることがあったりしたとしても、この映画を見れば吹っ飛ぶから。
「あ、何ちっちゃいことで悩んでたんだろう」って。
「一度、この人たちに会いに行こう」って。それでいいと思うんだよね。
小さい子供たちが、10年後とか20年後とかにこの映画を見て、何かを感じてもらえたら、
つくった意味があると思う。